狩猟とは (第十五話)

若かりし猟者はその時(下)

身体の熱気が湯気と成り 良く晴れた青空に吸い込まれる

背嚢に細引きで括り付けた 軽量のパイロットジャンバーを

羽織ると 銃を抱き佇まいの一部と化した・・・・。

勢子の親方次男は もう既に追い込みに掛かったろう?

いつもなら グッショリ湿った綿の肌着は 徐々に冷えて

襲いくる忍耐の時間 なんでこんな辛い思いをと 脳裏を

掠める一瞬! しかしこの場所は風もあたらず 南面の

日溜りと来ている とても過ごし易い待ちだ

密度の荒い立ち木も背は高く 見通しは此れ以上無く良い これなら此処を渡り山代えする鹿は丸見えで

充分過ぎるほど 私の前にその姿を現さねば成るまい 失敗等は考えられない射場で甘く見たのだろう?

緊張感が緩んで行く                ”静かだ・・・”  既に一時間過ぎた筈 相変らず柔らかな

日差しは身動ぎさえ出来ない私を優しく包み 静寂の中では己の鼓動と息使いのみが残る   まてよ?

何かが語り掛けてくる 木々のざわめきか渓水のひそひそ話? 私の思考内に入り込んだ意思無き問い掛け

一方的に語り消えて行く ”おぃおぃおぃ” ”*@#%$&” え?何なんて言ってる? 聞き取れない会話は 

渓脇の石と化していた私の鼓動と共鳴 何時か微かに意識の薄れる感覚が・・・・・。 其れは人間社会の

時間では ほんの瞬き程度の一瞬だったのだろぅ    ”ザッザッザッ・・・・”  意味不明の囁きが 只の

流水音に変わり現実に引き戻された   ”ハッ!”  目の前には今まさにこの滝頭を越さんとせんニ頭の

鹿の姿! 奴等は瞬間私に気付き向きを変える ギョロッと横目で私の姿を捉えながら 対岸を怒涛の勢いで

駆け上る  上下ニ連のバックショットニ連射!!!  奴らは何事も無かった様にその先斜面を乗り越すと

視界から消えた 幾等遅れを取ったと云え 標的までの距離条件を思えば失中はありえない 放たれた二発の

鹿弾は 確実に先頭の大物目掛け吸い込まれた筈   奴が見えなく成った方向を凝視 暫らく見上げていると

”あれは?” 遥か上で此方を見下ろすのは先程の鹿? ”そんなぁ”  ショットガンでは到底届かない距離を

はさみ暫しにらみ合った "確か此処でこう撃った筈” たった今起こった出来事を 混乱する思考の中 目線で

辿り 今鹿が立った方へ続くと 其処に立つのは見慣れた勢子の姿   ”え 確かさっきは鹿だった??筈”

相手も此方を確認したようで盛んに手を振る 其れに応え手招きしてこの位置へ誘うと 一気に滑り落ちて来た

尾根裏から回った勢子は 私の発砲音に気付かず 手負いの鹿が残す糊跡を追いその場所まで出たらしい

半矢でこの大山裾向け駆け下れば どこまで行くか見当付かない 残された時間を考えると 此処で諦めるより

無かった  先刻別れた鞍部へ這い上がると 待ち受けたタケさんは 静かに諭すように語りだした  「半矢を

直ぐ追い込むのは素人が遣る事だ 幾等かそっとしとけば 其処で力尽きくすなってしまう そんなもんだ。」

穏かな語り口の中に 猟で一家の生業を支え続けた プロとしての真骨頂に触れた気がし 身がちじんだものだ

多くの知識技を授かり 人の育て方 何を重んじるかを

身を持って示したタケさん 最後の病床でさえ尚も夢の中

猟を続け 生き抜いた山々を登り続けていた

そして決して聖人君子では無かったが 血の繋がりよりも

強い絆で結ばれ 人として如何生きるかを教えられた

猟界の親竹内さん  その別れはある日突然遣って来た

遠ざかる棺を見送るあの日 心に巣食った人への依頼心

若さと云う甘えは失せ 受け継いだものをどう繋げるかが

この世界に留まり続ける理由と成った。

                              oozeki